023 毎日毎日一生懸命、値踏みしてんな。



 笑って誤魔化せるから、笑ってんのか、俺は。


「でさ、本当に笑ってくれないんだ雲雀が。俺なんかいつも馬鹿みたいに笑ってるのにさ
ー、ちょっと馬鹿馬鹿しいな俺、とかたまに思うんだけど、まあ雲雀ならいいや、って感
じ。だって雲雀がニコニコしてたらそれはそれで怖くねぇ? あ、あれだ決め台詞。「咬
み殺す」あれ言う時はいつも笑ってるよなー。……あ、一回だけ笑ってない時があったん
だよ。しかもその時雲雀がさ、」
「うるせぇ」
「なんだよ獄寺、最後まで聞いてくれても良いじゃん」
「俺がお前に付き合ってるのはそろそろ十代目がいらっしゃるからだよ! さっきから一
人でべらべらべらべら、しかも何で寄りにもよって俺があいつなんかの自慢を聞かされな
きゃならないんだ。そんなに会いたいなら、行けよ」
 応接室に。と、暗に獄寺は言う。ツナもそろそろ背が伸びてきた。それを気にしている
のか、このごろ獄寺はあまり煙草を吸わない。その代わりに、よく牛乳を飲んでいる。
 頭の結構上の方で鳥の声がした。雲雀かな。雲雀だったらいいのに。
 屋上の空は案外広くて、ツナが来ないと逆に寂しく感じる。
「まあ、そりゃもちろん、行くけどよ」
「聞かされる側の身にもなって見ろ、気色悪い」
「あ、それひでぇ。いくらツナがこねぇからって、捻くれすぎだろお前」
 三年になって部活を引退して。俺は少しだけ成績が上がった。野球を止めて、家出の手
伝いも頻繁にするようになって、もちろん雲雀といっしょに帰ったりこいつ等と馬鹿やっ
たりもするんだけど、余った時間をどう使って良いのか分からなくなった。寝れば良いん
だろうけど、今まで寝てたのも朝練のためだったし、夜まで起きてたのも雲雀のためだっ
た。朝練は無くなったから授業も寝なくなったし、雲雀も、俺が三年になったのを気にし
たのか(そして当たり前のように雲雀も三年だ)、最近は放課後残らないでとっとと家に
帰るようになった。三年は委員会活動しなくなるから当たり前って言ったら当たり前なん
だけど。つまり俺はそうそうに家に引き上げるようになって、その分時間が馬鹿みたいに
余った。今まで余った時間は全部野球に使っていたから何に使って良いのか分からなくな
って、困惑してたまに竹刀を振ってみたりするけれど、しっくり来ない。バットを振るの
も悪くないんだが、うっかり刀になったところを親父に見られてこの間どやされた。仕方
ないから、家でそのバッドは封印する。――したら、残ったバットが無い事に気付いた。
あれ親父どうしたっけ、と聞いたら、近所の草野球にお前が貸してやったんだろ、と言わ
れて、ああ、と思い出す。とりあえずバットをほいほい他人に預けられるくらいには俺は
野球から離れていて、そして時間が余っていた。余っていた時間にちょっとだけ教科書を
捲ってみたら、成績が上がった。案外面白かったのでノートも捲ってみたりして、現在に
至る。
 とりあえず俺は成績が上がった。ツナも、悪くはなかった。良い家庭教師付いてるもん
な、と思うんだが、たまにドジって今日みたいに職員室に呼び出されて屋上に俺と獄寺二
人で昼休み待機しておくみたいになる。ツナが呼び出される可能性も減ったけど、0%は
まだ遠い。
 だから、ツナが呼び出されるとよっぽどの事がない限り屋上は俺と獄寺二人で占拠する
形になって、その度に俺は雲雀の自慢を蕩々と語って(いや、別にツナが居ても言うけど)、
獄寺が苛立たしそうに舌打ちを打つ。
 べらべら喋っていたら、いつもよりも飯の減り方が遅い。でも、雲雀の話をしてたら心
のどっかが満腹になる気分がする。悪くない。付き合わせる獄寺には悪いけど(と、最近
思うようになった)。
「獄寺ももうちょっと笑ったらいいのに」
 じゃないとツナに敬遠されるぞ、なんて、辞書を引いてたまたま見つけた言葉を使って
みたら、う、と獄寺が言葉を詰まらせた。
「てめぇには関係ねぇ」
「あるって。ツナは俺の友達だしな。あとお前も」
「お前は俺の部下だろ」
 面倒くさそうに獄寺が二つ目の牛乳のパックを開けた。ストローを刺す。
 上の方でまた鳥が鳴いた。ああそういえば、今日は少し日差しがまぶしいな。もう秋だ
と思ってたんだけど。
 ツナが来るまで獄寺はパンに手を付けない。絶対食べない。俺も待とうかなんて最初の
内は思ってたんだけど、俺の手が無意識に動くので仕方ないと割り切った。ツナを待って
ても腹は減る時に減る。

「でさあ、獄寺も本当笑わないのな。でもやっぱり一回だけ笑った時があって、確かその
時獄寺がさ、」
「うるさい」
「なんだよ雲雀、最後まで聞いてくれても良いじゃん」
「咬み殺すよ」
 委員会活動は三年はもう無いはずなんだけど、実質応接室は雲雀のものだった。放課後
何となく覗いてみたら何となくファイル棚を眺めている雲雀を見つけて、おお運命、なん
て呟いたら、馬鹿だね君はと鼻で笑われた。うん、笑顔も良い。
 でもたしか、こういう「咬み殺す」の言い方の時雲雀は笑わないんだ。何でだろうな?
前にも一回あった。確か、ええと。
 なんて思い出そうとしたら、「でも」と雲雀が小さく言った。とたんに俺は口を閉ざす。
雲雀の声は芯が通ってるけど小さくて、一言も聞き漏らしたくないのにわざとなんじゃな
いかと思うくらいぼそぼそと言うことがある。でも今日の雲雀の声は別段何かを隠すよう
な感じはなかった。
「そうだね、君よりも奴の方が、賢そうではあるかもね」
「奴、って、獄寺?」
「下手に笑うと妙な敵が出来るよ」
「笑ってない方が敵が増えると思うけど」
「敵の質の差さ」
「どっちにしろ笑ってた方が敵は少ないって」
「それ、」
「ん?」
 不意に雲雀が俺を指さしてきて、確認するように俺も自分を指さす。雲雀は曖昧に(そ
れでも充分楽しそうに)笑った。
「その言葉腹立つ」
「何が?」
「敵が少ない、って」
「何で」
「だって」


 つまりは他人の価値観に合わせて笑ってるんだろう?


 雲雀のその言葉を聞いた時、俺の頭の中に革命的閃きが走った。びしっ、と脳の右端か
ら左端まで一直線にヒビが入るように。ああそうかじゃあ俺は他人に合わせて笑ってんの
かな。確かに楽しくない時も顔触ったら筋肉持ち上がってら。他人の価値観に合わせて…
…ああ、なるほど、笑顔を嫌う人間は少ないもんな。だったら笑ってた方が、他人の価値
観逆なでしない。今まで何で笑ってるんだろ、とかは考えた事無かったな。なんでだ……?
ああ、考えたら自分が敵になるからか。てことは俺の価値観?
 それを思うと、なんだか雲雀が俺のへらへらとした笑いが気に入らないとか、獄寺がそ
の笑い方止めろとか言う理由も、ぼんやりと分かるような気がした。価値観。二人の価値
観についていってないのか、俺は。二人共結構独特だもんな。笑わない奴に一方的に笑っ
てたら、ちょっと気色悪いな。うん、キショい。俺の価値観ってどこだ?
 ぼんやりと考えてたら、いつの間にか雲雀が応接室の扉を開けて出ていこうとしていた。
慌てて立ち上がり、追いかける。置いて行かれる、と思った顔は案外焦っていたらしく、
雲雀が暫く俺の顔を眺め回してから心底面白そうに笑った。
「悪くない」
 ああ、それならいいや。毎日毎日他人から全力で値踏みされてるけど、雲雀の価値観に
引っ掛かるなら良いかな。ちょっとくらい笑うの休憩しても、怒られないかもしんない。
ああ、雲雀が良いならいいかな。いいや、もう。考えるの面倒くさいし。俺の価値観って
何だろう。ああ、じゃあ、もう雲雀の価値観と一緒で良いかな。

 いや、それはちょっとまずいか。



 ていうか思いだしたんだけど、雲雀が笑って咬み殺すって言った時は大抵目の前に獲物
(?)が居る時で、笑わずに言う時は俺が誰かの話をしてる時だったような気がする。誰
の話だったっけ、と思い返すと、誰の話しても笑わないじゃん、雲雀。




07/01/29 オチは無いのか。