※捏造十年後 026 流れている時間の速さは同じじゃないですね。 おかしいな。お前が、遠いよ。 「お久しぶりです」 「やあ。とりあえず、死ぬかい?」 「クフフ。相変わらずですね、その言葉」 「咬み殺す」君に相変わらずといわれても嬉しくないよ。 郊外の空気は思ったよりも濁っていた。廃墟の崩れた壁から見下ろす街も、どことなく 埃っぽい。しかしその現実と並べると目の前のこの男はあまりにも浮世離れしていて、そ のくせ誰よりも(自分よりも)リアルだ。 十年経って、自分も目の前の彼も随分背が伸びた。体格も変わって、顔の作りも少しだ け変化した。自分は十年の間に随分大人っぽくなったと目の前の人物はいうが、人物自身 は(あの液体の中で成長したせいか)必要だった贅肉さえそぎ落とされ、骨だけで肉体を 象っているような不自然な体格をしている。無理に延命を施したせいか、顔も(暗がりと いう事を覗いても)青白く、何より生気が感じられない。そして、十年経っているという のに、十年前から"成長"をしている様子が感じられない。変化はある。減退も感じる。進 化は、無い。 何となく幻覚である事は掴めた。のこのこと彼が自分の目の前に現れるとも思えないし、 それに、なにか不自然だ。地面を踏んでいないような歩き方をしている。歩み寄ってくる のでとりあえず威嚇としてトンファーは構える。 「嬉しいですよ、雲雀君。君のその眼差し、言葉、全く変わっていない」 「僕は全く嬉しくない」 「君の喜びと僕の悦びは反比例ですね」 「今更中学生にでも帰りたいのかい?」 「比喩ですよ。いやだな、久々に使う日本語じゃないですか」もう少し楽しみましょうよ、 会話を。 いつの間にかイタリアの言葉が肌に染みついて、日本語を使う事の方が違和感があった。 舌がぎこちなく動く。たった十年、使っていなかった言語が、自分から離れていく。 「君が認めない人間で僕以上に流暢に日本語を操れるのは、この国にはなかなか居ませんよ」 「他人を認めた覚えなんて無いよ」その点は君はよく分かってるじゃないか。 「お褒め頂き光栄です」 褒めてない。 言おうとして、一瞬舌が空回りした。自分の口から出てこなかった単語に、一瞬だけ気 を取られる。 その一瞬で六道は間合いを詰め手中の刃を振りかざしこちらの腹部を抉ろうとして一拍 遅れて飛び退き襟元に刃が掠りネクタイが奇妙に捻れて腹立たしさのあまりに反射的にト ンファーを振るったら、当たった。 いい音がした。骨を折る時の感触にも似ている。まさか当たるとは思っていなかったの で一瞬動揺、自分を落ち着けるために細い息を腹の底まで吸い込む。六道が転がった。そ れを見下ろしながら、捻れたネクタイを直す。 幻覚だ。ネクタイを直した後で思いだした。そう思うと一気に腹立たしくなって、踵を 振り落とす。くるりと身を捻ってかわすと、軽やかに六道は立ち上がった。また笑う。 「本当に、容赦がない。全く変わっていない」 「腹が立つよ。わざと避けなかったのかい?」 「いえ、今のは体が追いつきませんでした。強くなりましたね、雲雀君」 「嘘は嫌いだ」 「嫌われ者の僕は今更君に嫌われる事なんかしません。本当ですよ」 僕が弱くなったのもあります。ここ数年動いていませんでしたから、身体の機能が低下 していますね。忌々しい。 幻覚が良くそんな事を言うよ。頭の中では思っているのだけれど、なかなか脳が理解し ない。目の前が幻覚である事を理解しようとしなかった。殴った感触もびりびりと肘に残 っている。理解しろと言う方が、難しい。 六道のこめかみ辺りから、血が流れていた。とくとくと頬を伝い、顎に伝い、床に落ち る。雫が跳ねる。 幻覚なのにここまで手が込んでいるのか、と感心する。どうせあの少女の力を借りてい るのだろう。実際の彼は未だあの牢獄の中だ。 「ところで君、何しに来たの」 「何しに、とは」 「一々僕に会いに来る理由なんて、どうせ面倒くさいものだろう」言って、睨む。 六道はずっと笑みを顔に貼り付けていた。そのまままた、トンファーの射程範囲外ぎり ぎりまで歩み寄る。 「背が伸びましたね、雲雀君。僕より高いんじゃ無いですか」 「興味ないよ」 「僕よりもずっと大人びて見えるし。僕と同い年だったような気もするのですが」やはり 気のせいですかね。「まるで違う時間を生きている気分だ」 その六道の言葉が何故か新鮮で、思わず自分も口を開こうとしたら、六道が手の平を見 せてきた。自分を制しているのだと気づき、そして六道は微笑む。 「残念ながら、時間です。もう少しお話したかったのですが、千種たちが待っているので」 「へぇ」幻覚でも時間には律儀なんだね。 それを言うと、何故か六道は驚いたようだった。目を見張り、まじまじと自分を見て(あ あこの時間が気色悪い)、そしてまた笑う。 見下ろす街は埃っぽく、その埃を見下ろせる瓦礫を骸は踏みつける。 「また会いましょう、雲雀君」 Seguente, io sto aspettando ansiosamente il tempo di soddisfarLa.次にあなたに会う時を楽しみにしています。 何も考えずに一言返す。 Sopprime.噛み殺す。 笑って、骸は埃の世界に向かって飛び降りていった。 どうせ階下には部下が居るんだろうな、追うのも面倒くさいし、と思いながら、つい先 ほどまで彼が立っていた場所に歩み寄る。しゃがみ込んで、床を指先で撫でる。 ざらり。 「……手が込んでるじゃない」 指先に付着したのは、明らかに血液だ。わざわざ幻覚でこんなものまで残して行かなく ても、と思う。 内ポケットの携帯が着信を告げた。取り出し、まじまじと血痕を眺めながら応対する。 「何」 「雲雀さん。今どこにいますか」 「郊外のK−24区」 「えっ」 頼りない上司の声に、思わず苛立ちが生まれる。 「何。任務?」 「あ、はい。先日復讐者の方から脱獄者が出たと連絡が来たんですけど。そちらに居ませ んか? すぐ側にいると思うんです」 「脱獄者?」誰が。 「骸が」 立ち上がって近くの瓦礫にもたれていたが、その言葉を受けて反射的に壊れた壁の向こ うを見下ろした。下にあるのは古ぼけた街道、人影など見えようもない。 「六道かい?」 「はい。今、黒曜のメンバーも同じように逃亡中で」 舌打ちをして何も聞かずに通話を中断する。そのまま近くの壁をトンファーで殴りつけ た。 やられた、これは完璧に自分の落ち度だ。自分で自分がふがいなくてもう一度壁を殴る。 指先にこびりついている錆色の血液を見る。もちろんこれは、幻覚などではない。 Io riguadagno dieci mio anni. (僕は僕の十年を取り戻すのですよ。) La noia non sara eseguita certamente.(きっと、退屈はしない。) Sopprime. 2007/02/02 十年後骸と雲雀。イタリア語は翻訳サイトのたまものです。怪しくてもオー ルスルー。文字の辺りをドラッグすると訳が出たり。 ちなみに最初の『お前が遠いよ』はお題を見た時勘で付け加えたものです(そ の時のイメージはやまもだった)。雰囲気あって無くてももう別に良いかみた いな。