※大学生パロ



 心臓が止まりそう。



027 自分に似合わない温度で ぎくしゃく稼働してる。



 雨の匂いは玄関の扉に完全に遮断された。
「それは、まあ、人が最も定義しづらい現象の一つの様な気がしますが」
 珍しく骸が言葉を濁した。その間にも、全身びしょ濡れのまま玄関先に立っているバジ
ルに上着を脱げと指示する。バジルはのろのろと秋物のパーカーを体から剥がし、受け取
った骸はしっかり水を吸って重くなったそれを、扉を開けてコンクリートの上で絞った。
乾いていた灰色に不自然な水痕が残る。一メートル先に雨音があった。
 ばたん、扉を閉める。バジルは立たせたままにして、手早く洗面所の洗濯機にパーカー
を突っ込んだ。流れで棚に乗せてあるバスタオルを取り、玄関に戻ってバジルにかぶせる。
バジルは本当に、マネキンのように大人しく突っ立っていた。
 頭ぐらい自分で拭きなさい、そう言ってから、また洗面所へ戻って、今度は比較的綺麗
な雑巾を引っ張り出す。再び戻ったときバジルはのろのろと頭をタオルで擦っていて、玄
関先に雑巾を広げ、靴を脱いでこの上で足を拭けと言うと、また素直に従う。そこまで見
届けると、また骸は洗面所に戻った。なんて慌ただしい。

 「シャワーを浴びろ」とバスルームを指さすと、バジルは少しだけ戸惑ったように眉根
を寄せた。着替えがないとの言葉に、適当にしておくから、と脱衣所にバジルを押し込む。
てきぱきと浴室について説明をすると、返答を待たずに脱衣所の扉を閉めた。ついで深い
溜息をつく。脱衣所から少し離れたところで、諦めたような水音が聞こえてきた。
 この状況をどうしようかと考え、まず、自分と共にこの部屋で暮らしている人物に連絡
を、と電話を取る。案外短いコールでその人物は通話口に出た。
『もしもーし?』
「やけに出るのが早いですね」
『あ、六道? 珍しいじゃねーか、どうしたんだよ』
「そちらこそ、講義はどうしたんです?」
『俺は今日の分は終わったから。今はヒバリ待ちー』
「雲雀君もまだ学校に居るんですね」
『うん。というか、どうしたんだ?』
 受話器の向こうで、精悍な顔立ちの青年が、つまらなさそうにシャーペンを弄っている
のを思い浮かべる。
「今家にバジル君が居るのですが」
『へ、バジルが? 何で?』
「どうやら、スペルビと口論したそうですね」
『口論って、何歳!?』
 もっともだ。
「今日は家に帰りたく無さそうな雰囲気なので、恐らく泊まっていくと思いますが」
『いや、うん、俺は良いけど。後でヒバリにも聞いてみる』
「宜しくお願いします」
 がちゃん、受話器を置いた。
「……全く、なんて面倒な」
 自然、再び溜息が漏れる。しかし目下最大の問題は、バジルがシャワーを浴び終わった
後に求めて来るであろう、例の質問の答えでもあった。

 脱衣所に適当に自分の分から選んだ着替えを置いて、とりあえずバジルが出てくるまで
待っておこうと考える。
 掃除も食器洗いも午前のうちに済ませてしまっていたので、ポットに湯が少ないことを
知ると、ケトルをコンロにかけてからソファーに座り込んだ。手近な文庫本を手にとって、
イタリア生まれの横文字を眺め始める。
 暫く時間を忘れていると、ケトルが鳴いた。時計を見ると、思っていたよりも時間が経
っていたことに気付く。まだ止まないシャワーの水音に、何度目かの溜息をついた。キッ
チンに向かいコンロの火を止め、ケトルの中身をポットに注ぐ。
 そこまでして、ふと水音が消えた。続いて、浴室から脱衣所への扉が開く音。ケトルに
余った湯でカップ二杯分の紅茶を入れ終わった頃に、着替えたバジルが出てきた。
「お湯の温度はどうでした?」
「……丁度良かったです」
「結構」
 リビングへ、そしてソファに座るよう進める。二つのうち一つの紅茶を手渡すと、やは
り戸惑うようにしてバジルは受け取った。骸は自分の分に口を付けながら、木製の椅子に
座る。
 空中に紅茶の湯気が立ち上り、水蒸気が何とも言えない湿度を作りだしていた。骸は自
分からは決して口を開かない。バジルも暫く、黙って紅茶の落ち葉色をした水面を見つめ
ている。その色は、彼の髪の色にも似ていた。
「……骸殿」
「なんでしょう」
「結局、どう思いますか」
 声をかけられた骸は先ほどの雑誌を再び読もうと眼鏡に手を伸ばした所だったので、バ
ジルを見て何とも言えない溜息をまたつく。その行為の意味のなさに、自分の頭を撫でる
ように掻いた。
「解釈の差だと思う、と言っているでしょう。同じ詩人の詩を読んでも、大人と子供では
意見が違う」
「詩の話ではなくて感情の話です」
「僕に聞くなと言っているんです」
 まだ判りませんか。紅茶を啜りながら言うと、バジルはまた俯く。
「あなたはどう思っているんですか」
 ふと骸が尋ねると、バジルは思ったよりも過剰な反応を示した。意味が掴めないとでも
言うように、眉と眉を寄せる。
「……拙者が?」
「人に聞いた以上、相手から聞かれることも想定しておくべきです。僕はあなたの意見を
聞く権利がある」
 そこまで適当に思いついたことを言って、骸は優雅に紅茶を口に運ぶ。一口含み、口の
中を紅茶の風味で満たしながら、緩やかな波紋をじっと見つめる。ちらりと気付かれない
ようにバジルを見やると、思った以上に必死になって考えているようだった。手を口元に
やり、目をうろうろとさせる。元々華奢な体格である彼には似合わない眉間の皺を浮かべ
ながら、頭の中で纏まらない思考をかき集めている。
 骸は決して急かさない。急かすほど、真剣に相手をしているわけでもない。
 骸が紅茶を置き、足を組み直し、バジルが口を開いた。
「……拙者は」
 頷くだけの相槌を入れる。
「それはやっかいなものだと、思っています」
「厄介なもの?」
「相手のことを考えずにはいられなくなる、なんて。自分にとって非常に迷惑です」
「迷惑もなにも、考えているのは自分自身でしょう」
「だからこそ、やっかいなのです」
 相手のことを考える自分を制御できなくなってしまう。
「自分でそれを求めているわけでは無いのに」
 言いながらバジルは、足をソファの上に持って行く。紅茶を横へやり、膝を抱えるよう
にして、その膝に顔を埋めてしまった。サイズの合わない骸の服を着ているせいか、日頃
よりもずっとその肩は小さく、頼りないものに見える。
 バジルがそれきり動かなくなったのを見て、骸は何度目かしれない溜息を漏らした。立
ち上がり、電話を手に取る。今この事態の原因ともなっている人物の番号を押すと、線に
指を絡めながら呼び出し音を聞く。
「ああ、もしもし? 僕です。……失礼ですね」
 そして人物に、バジルは数日預かるとの旨を伝え、反論も疑問も全く受け付けずに一方
的に通話を終える。またバジルの背中を見た。


『骸殿。――恋とは、一体なんなのでしょう』




08/01/02 骸がいい人過ぎて読み返して笑った。自分だけが楽しい大学生パロディ。留学
    パロディにしようかなと思ったけど、イタリアの事情なんて分からないよ。骸の
    英国新聞は毎日ディ野に送らさせてます。
     山本と雲雀は同居。そこに骸が居候。骸は大学通ってないのでいつも家で家事
    しながら時間を潰してるよ。スクアロとバジルも同居。比較的家が近い(とは言
    っても二、三駅離れてる)ので、何かあったらバジルはいつも骸の所に愚痴を言
    いに来るよ。あ、バジルはちゃんと学校通ってます。後は獄とかツナとか出てく
    るのか出てこないのか微妙なので設定は語らない。カプは山ヒバとかスクバジス
    クとかお勧め。骸とディ野が怪しいくらいに仲良いです。(寧ろ骸が一方的にデ
    ィ野をうざがってます)
     あ、続きます。