※死体が出ます



089 あの朝を思い出して僕は未だ涙が出るんだ。



 君が居ない。


 未来を想像できるほどの頭の容量はないので、とりあえず何も考えないで生きることが
肝心なんだろうと自分に言い聞かせる。刀と一緒に血を握りしめた。手首に赤い雫が垂れ
て、気色悪い。
 ごろ、と転がった相手を足でつついて、本当に死んでいるか確認。息はしてないはずだ。
喉を一直線に抉ったから、生きていても呼吸困難で死んでくれるだろう。肺に血が溜まる
ところを想像してみる。うぇっと嘔吐く。気色悪い。
 とりあえず、初めての殺人から一月たった。今では影の濃いいかにもマフィア的な任務
も増えて、自然収入も増える。うぇっ、また嘔吐く。
 初めて死んだ人間が「え、これだけ?」というなんだかあっけない死に方をしてくれた
ので、殺人とかそういうのにちょっとした神聖さとか罪悪感を感じていた自分が急に馬鹿
馬鹿しくなった。小僧に教わったとおりに刀を動かしたら、相手が死んでいた。ぎょろっ
と濁った目が気持ち悪かったことを思い出す。胃酸が食道を這い上がってくる。ちょっと
吐きたい。無理矢理胃酸を飲み込んで、浮かんだ涙を汚れていない指先で拭った。うぇっ。
 携帯を取り出す。ボスにメール、「任務完了」。涙が浮かんできてさりげなく画面がぼ
やける。コンクリートの室内に籠もった臭いが気持ち悪い。
 携帯を仕舞おうとして、ちょっと手を止めた。少しだけ考えて携帯を開き、アドレス帳
を見る。愛しい愛しいあの子のアドレス。
 表情筋が緩んだのを感じた。「仕事終わったよ。暇? 飯でも一緒に食べない?」
 多分あの子は暇ではないだろうけど、このやるせない嘔吐感を唯一浄化してくれる恋人
が愛おしくて愛おしくて、返信を待つ間ずっと携帯に口付けしていた。嘔吐感。うぇっ。






2007/04/10 ダーク山本。というか電波。最後は携帯を見つめ続けるかどうしようか悩み
     続けていたけれど、携帯に接吻をし続けるという変態まがいなことが似合う変
     態は山本しか思いつかなかったので、どうせなのでやってみた。後悔はしてな
     い。