※これは二万打記念企画『もし君と出会うなら』の残り物です。
復活の世界観で、雲雀と山本の初対面を捏造してやろう! というものでした。

カフェオレ



 もしこれが烏龍茶だったらな、と山本は考えた。それならもう少しだけ、ましな事態で
収まったはずだ。まあ、角から飛び出して自分と正面衝突した人物にはアスファルトに額
を当てるほど謝り倒さなければならないだろうが。そんなもの、相手のクリーニング代と
無駄に消費した時間を考えれば安いものである。プライスレス? というか、その場合に
はクリーニング代を払うべきはこちらでは。
 頭で一気に考えても、山本自身は未だに硬直している。
「…………」
 相手も硬直していた。相手の手にしていた参考書が綺麗に甘い飲料で染まっており、人
物の顔にも、顔から伝った服にも、それが見られる。
 ああ、誰だよ今日気まぐれにコーヒー牛乳なんか買ったのは。
 俺だよ。

 とりあえず状況を整理してみよう。山本は久々に野球以外で頭をフル回転させる。
 自分がよそ見をしていた。それは確かだ。だって仕方ないと思わないだろうか。近所に
住み着いていた、ある意味目の敵とも言える黒猫。自分が小学生の頃から、いつの間にか
店に忍び込んでは鋭い目でネタを狙っていたあの野良猫。それがなぜかしばらくの間ぱっ
たりと姿を見せなくなって、どうしたのだろうとしばらく頭の端で考えていたのだ。そし
たら今日、偶然見つけた。自分が歩いている道の反対側の端を歩いていた。
 へー珍しいな久しぶり、と声をかけるでもなく、ただじっと猫を見ていた。へー、いな
いと思ったらこんなところいたのか。猫を見ながらそのまま角を曲がってびっくり。自分
よりも数センチ下に黒い頭を発見したが、どうしようもなくて気づいたときには握ってい
たカフェオレをぶちまけていた。だって先輩がコーヒー牛乳は背が伸びるって言ってたん
だよ。あれ、イチゴオーレだっけ。
 そして現在に至る。あれ、結構簡単じゃないかこの状況?
 相手は、自分と同じ中学の人物のようだった。スラックスに身を通し、ブラウスを着て
いる。そして何故か、袖を通さずに肩から学ランを羽織っていた。別にこれは制服では無
いのだろう。そういえばこの着方どこかで、と思い出しそうとして、いやな予感がよぎる。
相手を観察していた視線をちらりとその整った顔に寄越すと、案の定不機嫌そうに、それ
でも未だに参考書を構えている相手は、視線できっちりと山本を射抜いていた。
「ねえ」
 視線に再び山本が硬直していると、相手が参考書を下げた。もしかしてキレてる? と
疑いたくなるような視線だったが、キレていてもおかしくないし、と思う自分と、どうや
らそうでもないぞと計算する自分が居る。生まれつき目つきがきつい人って言うのは、意
外と居るんだから。
 そんなことを考えていたとき、すっと山本の視線が何かに吸い寄せられた。丁度、相手
の左腕だ。
 相手の左二の腕、ブラウスに何かが飾られている。よく、PTAや並盛中の風紀委員が身
につけているような腕章だ。
 その真っ赤な布地に、連なった金色の二文字。
(『風紀』……)
 って風紀委員かよ!
 すでに原型をとどめていないカフェオレのパックを、更に山本は握りしめた。恐怖?
いや、緊張。残っていたカフェオレが、どろどろとストロー部分から溢れる。それを目に
して、更に疎ましそうに人物は山本を見た。
「ねえ」
「……はい?」
 二度目、先ほどよりも強く呼ばれて、慌てて山本は返事を返す。相手は相当怪訝そうに
山本を見て、「これ」と自らが手にしていた参考書を突き出した。
「え」
「どうしてくれるの」
「え?」
「借り物なんだけど」
「……え」
 ブラウスは、まだ良いけどね。許す訳じゃないけど、洗えば何とかなるし。でも、これ
は、僕にどうしろって言うわけ。借りた物をこんな状態で返却させるなんて、僕の面汚し
でもしたいの、君は? それとも何、君が彼に頭下げてくれるわけ?
 予想外の言葉に、山本は狼狽える。てっきり、前を見て歩かないとは何事だだのそんな
ことで並盛中に恥をかかせるつもりかだの、もっと、愛中学校心たるもので責め立てられ
ると思っていた。初対面でも全く遠慮容赦しないだろうとは相手の雰囲気でなんとなく感
づいていたが、これはどちらかというと自己中心である。そこまで考えて、山本は自分が
今まで風紀委員にどういうイメージを持っていたのか気づいた。阿呆か。
 そんな風に山本の頭の中はめまぐるしく活動していたが、それが表に出るはずもない。
結果、呆然として立ち尽くしている山本の胸に、痺れを切らしたように風紀委員の少年が
参考書を叩き付けた。元々汚れていなかったわけではない山本の制服に、参考書に染み込
んでいたカフェオレが更に広がる。
「げっ」
「とりあえず僕は、貸し主に謝るから。君はそれと同じの、新品で買っておいて。それで
明日僕のところに届けに来て」
 それだけ言いつけて、さっさと少年は踵を返す。颯爽と翻る学ランに見とれていた山本
は、とあることに気づいて慌てて声を張り上げる。
「……お前、名前!!」
 たん、と相手のローファーが鳴った気がした。相手はどこか艶のある動作でゆっくりと
振り向いて、静かに告げる。

「雲雀恭弥」

 君は山本武だろ、知ってるよ。この間も地区で活躍してたようだね。その点は、これか
らも頑張りなよ。
 それらの言葉を残して去っていった少年だったが、勿体ないことにその言葉のほとんど
を山本は認識できていなかった。
「……雲雀って」
 聞き覚えがある。確か。
「…………ヒバリ!?」
 山本がその響きの意味を思い出すのは、暫く経ってのことだった。




2007/04/25 なんだか不思議に時間を食った小説。久留米如月様のリクエストでした。あ
     りがとうございました!
      自分では思いつかないような設定がとても新鮮でした。山本、それ以上伸び
     たらきっと雲雀に嫌われるよ。
      書きながらつくづく、雲雀恭弥っていい響きだなあと思いました。
      ちなみにカフェオレも色の名前です。美味しそうだなあと思って。