※これは二万打記念企画『もし君と出会うなら』の残り物です。
復活の世界観で、山本と獄寺の初対面を捏造してやろう! というものでした。

キャロットオレンジ



 もし君と出会うなら、夕陽に赤く燃えたあの川辺で。



 例えばの話だ。例えば俺がこの道を歩かなかったら、この出会いはきっとあり得なかっ
たんだろう。いや、あり得ていてもごめんだ。というか起きている今自体実際ごめんだ。
最悪だ。畜生、俺の時間を返せ。
 なんて、心の中でどれだけ悪態をついても、こいつは起きはしない。

「おい」
 俯せている体を足で仰向けに転がした。目は閉じている。口は半開き、意識はない。切
れた額から血が滲んで、鼻血がそれとなく跡になっていた。口の端に目立つ痣があり、腕
も血で汚れていた。制服のブラウスで隠れている体もそんなもんなんだろう。
 腹が減ったとコンビニに向かい、夕日を背中に感じながら帰っている途中、河川敷から
雑魚のわめき立てる声が聞こえたのがさっきのことだ。興味を持って覗き込むと、やはり
数人が一人を囲んでいた。囲まれていた黒い頭で長身の人物は、自分に大して振るわれた
悪意しかない攻撃を、しなやかかつ芯のある強い動きで流し、時に反撃していた。へえ、
こんな田舎にも強い奴は居たか、とそこまでは冷静に見ていたが、それからが悪かった。
雑魚の一人が大きめの石を持ち上げたのだ。あ、やべ、と何故か焦燥を感じた時には、人
物は後頭部を強打されて倒れ込んでいた。何故かその動きがスローモーションで脳にこび
り付き、人物を更に他の雑魚が袋叩きにしようと足を振り上げ腕を突き出したのを見て、
気づいたらフェンスを跳び越えていた。
 持ち合わせのダイナマイトで雑魚を一掃し、そういえば俺は何故こんなことをしてるん
だったかとストレスを発散した頃に思い出す。そして横に転がっているこの人物を見つけ
た。
「おい!」
 先ほど強く声をかける。それでも反応がないのに、思わずしゃがみ込んで外傷を調べた。
 体に酷い傷はない。綺麗に筋肉のついた腕や足に擦過傷が目立ったが、それが意識喪失
の原因とは思えなかった。となるとやはり、先ほど殴られたせいだろうか。思って視線を
その人物の頭にやると、ぼんやりと瞼が持ち上がっていた。
「起きたか?」
「あれ、俺……痛っ」
 両腕で体を支え上半身を起こした時、不意にそいつが頭を押さえた。後頭部に手をやり、
その手を見て「あー」と声を漏らしている。覗いてみると、案の定手の平に血が付いてい
た。
「いてぇ……」
「たりめーだ、馬鹿」
 あんだけ全力で殴られたんだからな、言ってやりながら先ほど購入したミネラルウォー
ターをハンカチに垂らし、濡れたそれで後頭部を押さえてやる。意識がはっきりしてきた
その顔を見て、漸くそいつが誰だったのかを思い出した。
「お前、山本武か?」
「は?」
 痛む後頭部を押さえながら、眉根を寄せてそいつが俺を見た。しかし、何かを思い出し
たかのようにふっと表情をゆるめ、「あ」と俺を指さす。
「もしかして、獄寺隼人」
「何で知ってる」
「何でって、いや、銀髪って有名だし」
 自分の知名度に自覚があるのか、他人が自分の名前を知っていることをそいつは気にし
なかった。そのあたりに転がる雑魚を見て「もしかして」とまた俺を見る。
「助けてくれた感じ?」
「ばっ、何で俺が」
「ははっ、サンキュー」
 反射で否定すると、相手は朗らかに笑った。山本武、同学年の中でも有名な人物だ。勉
強こそ得意ではないが、野球部のエースで、人間性もよく、誰からも好かれている。噂を
耳にしたときは甘い人間だと心の中で吐き捨てたが、いざ目の前にしてみると、そんな暢
気な奴でもないのだなと感じる。
「学年のアイドルが、こんな奴らと何してたんだよ」
「アイドル……? 何って、喧嘩」
「喧嘩?」
「なんか、よく分からねぇけど。八百長とかそんなだろ」
 なるほど、こんな人望厚い人間に喧嘩を売るなど、よっぽどの馬鹿か、よっぽどの理由
があるのだろう。理由があっても結局は馬鹿だが。
 痛みが軽くなったのか、人物は埃を払うと、よろめきながらも立ち上がった。お得意の
笑顔を見せて、「サンキュー」とまた言い、手元のハンカチを見て動きを止める。
「あ? どうした?」
「いや……ワリ、ハンカチ汚しちまった」
「ああ、どーでもいい、んなもん」
 大して大事なもんでも無かったし。そう言ったが、そいつはやたらと食い下がった。
「本当、悪い。今度洗って返す!」
「いや、良いっつの……」
「獄寺って何組だ?」
「は?」
 訝しげにしながらも、気迫に押されて自分のクラスを告げる。自己解決するようにそい
つは勢いよく頷いた。
「今度持ってくわ!」
「は?」
「じゃ、サンキューな獄寺!」
 笑ってそいつは、颯爽と去っていった。時折ふらつき後頭部を押さえるその後ろ姿は、
だんだんと見えなくなる。
「……………」
 暫く唖然としていた。が。
「……なんなんだ、あいつは」
 何故かその後ろ姿がやたらとむかついて、意識を回復しかけた雑魚の頭を勢いよくもう
一踏みした。日が沈む。





2007/05/03 私としたことが山獄。本当は獄山の方が好きなんだけど、獄山の山本は大抵
     すごい少女漫画なんだよな(ただ単に自分がリバが好きなだけ)。