Please wait!



「何、これ」
「何って、チョコ」
 朝から違反者を取り締まるのに忙しかった雲雀は、恋人が差し出してきたそれにとうと
う頭を押さえた。眉間に中指を当て、じっと皺を和ませる。
 気を取り直して、山本を見た。
「君はそんなに僕に殴られたいの。不要物の持ち込みは禁止なんだけど」
「雲雀になら殴られても良いぜ」
 笑顔で言うな。口で告げるかわりに、雲雀は恋人の横っ面を殴りつけた。

 数分前。たった数分前の出来事だった。もしかしたら数十秒前かも知れない。
 突然、応接室に山本が入ってきた。放課後じゃない、君、部活は? との雲雀の言葉に
も(珍しく)何も返さずに、汚そうな鞄を探って(しかも鞄の中は女子から受け取ったの
であろう違反物で一杯で)、綺麗にラッピングされたそれを、雲雀に差し出してきたのだ。
満面の笑みと共に。
 そして冒頭に至る。
 箱は清潔そうな白のカバーに、黒く細いリボンで飾ってあった。大きさは大したことは
無かったが、箱を見ただけで彼が小遣いを奮発した事が察せられる。
 その努力と覚悟を気付かないではないが、それでも雲雀は厳しく言った。恋人とは言え、
差別があってはいけない。
「とりあえず、それ、不要物だよね」
「違うぜ。雲雀への愛」
「まさに不要だね」
 こめかみに不吉な痣を刻みつつ笑う山本の言葉を、雲雀は一蹴した。つれねーの、と山
本は渋る。
 つれない態度の雲雀に口を尖らせていた山本だが、応接室の隅を見て「お?」と声を挙
げた。
「何、雲雀もチョコあるんじゃん。俺宛?」
「違う。没収物だよ、それ全部」
 応接室の壁際に段ボール箱が設置してあり、口の開いたその箱の中には、目が痛くなる
ような色調の箱や袋が放り込まれていた。言わずもがな、女生徒から取り上げたチョコで
ある。
 それを話題に挙げると、更に雲雀は溜息をついた。
 朝からやたらと女子が勢いづく一日。必要のない食物を誰かに差し出す場面、女子同士
で無駄に群れている場面、その全ての話題の中心に、チョコがあった。
 雲雀はこの人、後一ヶ月後のもう一日を、もっとも嫌っていた。誰もが風紀を乱す、誰
もが風紀委員を恐れない、唯一の日。
 いくら没収をしても、生徒はいつもその上を行くのだ。実際その回収逃れの品が、山本
の鞄にはぎっしり詰まっている。
(どうして人に物をあげて喜ぶのか)雲雀はいつも思う。自分が損をするだけではないか。
 頭を悩ませている雲雀を尻目に、山本の興味の眼差しは、じっとチョコの山に注がれて
いた。
「なー雲雀」
「何」
「あのチョコどーすんの? 全部雲雀が食べるとか?」
「まさか。冗談じゃないよ」
 明日の朝纏めて燃えるゴミさ。それを言うと、「えー!?」と山本は声を挙げた。
「捨てんの!? あれ全部!?」
「うん」
「勿体な!」
 その後も山本は、次々と抗議を並べ立てた。チョコが勿体ない、せっかく美味しいのに、
女の子が可哀想だ、等々など。
 呆れ果ててもうどうでも良くなった雲雀の口から、思わず言葉が零れ出る。
「じゃあ君、いる?」
 明らかに、山本の顔が硬直した。口からも、「え」とか「あ」とか言う短い声が漏れる。
 雲雀が欠伸をするだけの間があってから、おそるおそるというように、山本は口を開い
た。
「……良いの?」チョコもらっても。
「うん」どうせ僕要らないし処理も面倒くさいし君うるさいし。
 雲雀にとっては、目の前に都合のいいゴミ箱が現れたも同然だった。
「マジで?」
「うん」くどい。
 雲雀が繰り返し頷いても、山本は暫く呆然としているだけだった。そんなに変な事言っ
たかな、と雲雀が思い返していると、山本は突然手を鳴らした。
「やった、雲雀からチョコ貰えたぜ!」
 は?
「ちょ、君、何言ってるの」
「え、だって本当の事じゃん。サンキューな雲雀!」
 今度は雲雀が硬直している間に、さっさと山本は壁の方へより、ひょいと箱を抱え上げ
る。満面の笑みを雲雀に見せると、「じゃあな!」とまさに風のように去っていった。
 呆然としていた雲雀だが、扉の閉まる音で我に返る。
「ちょっと、誤解しないでよ!」
 慌てて立ち上がり、山本の後を追う。ただゴミ箱に入れるような気分のだけだったんだ
から。階段を駆け下りつつ、次々と言葉が頭の中を巡る。ああでも、恋人としてはあげて
当たり前なのかな。そういえば山本にもらったチョコはどこに行ったっけ?
 階段の途中に、明らかに山本が落としたに違いないピンクの小箱が落ちていた。走りな
がら、指先で拾い上げる。せめて渡し直さないと。
 ああ、あんな適当な僕の気持ちを、そんなに嬉しそうに受け取らないでよ!




07/02/11 この後雲雀は山本の襟首をひっつかまえて口の中にチョコを(箱のまま)つっ
    こんでから、逃げます。山本は暫く呆然として、やがて嬉しそうに「雲雀〜」と
    か言いながら結局追いかけます。箱抱えたまま。でも雲雀、チョコは自分で作っ
    たのを渡そうよ。
     しかし雲雀が「馬鹿だなぁ」とか言って呆れて終わるはずだったのに、いつの
    間に(自分的に)糖度の高い事になったんだろう。雲雀はロマンチスト過ぎるよ。
    ていうか山ヒバ山じゃないかこれ?