眠い朝靄が僕らの道を磨く (朝の駅) 「あれ、山本おつり取った?」 「あ、わりーわりー」 小銭が手から手へと移る。凍えた早朝にはその冷たさも答えて、山本は素早く小銭をポ ケットに押し込んだ。吐く息が白い。 「寒いなー。もう三月なのに」 「三寒四温、って知ってるかい、君」 雲雀が券売機に向かいながら言う。息と言うよりも、声が白く曇っているように感じた。 「三寒四温?」ツナが首を傾げると、即座に獄寺が返す。 「十代目、春になるまでの気温の変化の事ッスよ。三日寒かったら、四日温かくなる。そ れが交互にくるんス」 「へぇ、イタリアでもあるの?」 「いや、まあ、日本の言葉なんで……」 獄寺が言葉を濁した。曖昧に頷きながら、ツナは改札を通る。 早朝の駅は今にも雪でも降り出しそうな程に静かで、線路は冷たく佇んでいた。空はま だコンクリートの色に近く、日差しの気配はない。 「さすがに五時だと、静かだなー」 線路を覗き込みながら山本が言った。そんな山本を尻目に、獄寺は古い自販機を睨んで いる。やがて小銭を投入すると、ホットの飲料を四つ購入した。 「十代目、どうぞ」 「あ、ありがとう」ツナの手にコーンポタージュが渡る。 「おら、山本」 「サンキュ」投げられたカフェオレを山本が受け止めた。 「雲雀」 「ブラック?」雲雀が手にしたコーヒーは、無糖だ。 「お前、本当甘いの嫌いだな」 獄寺が自分の手中のコーンポタージュを開けながら、呟くように言う。ツナはベンチに 腰掛け、獄寺はその横に立ち、山本はプラットホームぎりぎりのところでしゃがみ込み、 線路を見ている。少し離れたところで、雲雀は壁にもたれつつ、コーヒーを口に付けた。 それきり、静まりかえった。 ツナが旅行に皆を誘ったのは、つい昨日のことだ。自分達は高校を卒業し、リボーンも 家光も先にイタリアへ向かい、後は自分達がマフィアになるだけのこと。 ボンゴレの十代目襲名は、一月後に迫っていた。 交代を急かしたのはディーノと、他ならぬザンザスだった。ツナに早急に来るよう言い、 ツナとその幹部のための設備を整えさせたのも彼である。 それでもツナは向かわなかった。イタリアでザンザスが怒髪点になろうと、それを見か ねたディーノが電話を寄越そうと、リボーンに脅されようと、まだ行かなかった。 そして今日、旅に出た。 まさか呼んだ人間が全員来るとは思わなかったけれども。三人には、特別なものは入ら ず、必要最低限のものだけで良いと伝えてあった。また、携帯電話は持ってこないでくれ、 とも。獄寺はもちろん持ってこなかったし、山本は最初から持っていなかった。しかし雲 雀は駅に来てから思いだしたのか、「ちょっと待って」と、三人の目の前で携帯電話を反 対向きに折り畳み、ゴミ箱へと投げ捨てた。 誰も親には、何も言っていない。ただツナは、「すぐ帰ってきます」とだけ置き手紙を しておいた。すぐというのかどうかは、知らないが。 朝靄と沈黙が、その場を支配していた。しかしそれは、控えめなベルによってゆっくり とかき消されてゆく。 ツナが顔を上げた。線路の奥の方から、規則的な音と共に電車がやってくる。 「ツナ、あの電車?」 「うん」 「……まずどこに行くの」 「とりあえず、並盛町は出たいと思ってるんですけど」 「黒曜町も見てみますか?」 「うん。それが良いな」 「おっし、旅の第一歩だ」 山本が立ち上がり、獄寺が投げ捨てた缶を雲雀が弾いてゴミ箱に入れたころには、目の 前で扉を開いて電車が待っていた。ツナも立ち上がる。 ≫ 2007/02/?? よく分からない始まり。けれどそんな小規模な旅が好きです。